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2011.10.31 終焉の地
Hunchaco

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ペルーで過ごす最後の町、ワンチャコ。

大体の旅行者は、コロニアル漂う隣街トルヒージョに泊り、
少数がこっちに日帰りで海辺を歩きにくるくらい。

ワンチャコは灼熱でもなく、丁度いい気温。
半袖になって、風邪に吹かれて気持ちよく海辺を歩く。

ここでは、図書館だって波がザッパーンなった看板になる。

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高地ばかりで過ごしたせいか、低地というだけで無条件に嬉しい。
正直、海はそんな綺麗でもないし、砂利が多いのでビーチという程でもない。
青空だって、私がいた時期が悪かったのか4日滞在して一回見たかどうか。
見えても、うっすい水色。いつも、大きな雲が一面に張っている。

そんなワンチャコは、サーフィンやマリンスポーツが盛んで、
世界のサーファーが一応集まってきては、大会が行われ、ペルー人のリゾート地。
ピンからキリまでのホテルが大量にあり食べ物は高いが、
ここでは本当に美味しいシーフードが食べれる。

海は前述の通り、綺麗ではないし寒くて泳げもできないが
着いてすぐ、ここが気にいってしまう。

ビザの関係で4泊しか滞在できないのが勿体ないくらい。。
眠るときは、部屋まで波の音が聞こえる。

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クスコでアミーゴ達の出発を見送り、一人になったことから、
チナ(china)チニータ(china の可愛い版)攻撃が半端なく、実はちょっと疲れてた。

ワンチャコではそれがゼロとまではいかないけど、嫌な気分になる言い方される事が俄然減った。


今まで、すれ違いざまに小声でチナとかチニータとか言ってくる人が酷く多かった。
バイト先からホテルへの帰り途がたった5分でも多ければ7人くらいに言われた事もある。

テンションが高い日だと特に気にならないが、基本的にバイトとホテルの往復の時とかは
イラっとしたり、私の機嫌が悪い時に言ってきた奴は残念ながら自殺行為も甚だしい。

それが毎日3カ月くらい続いている身としては、最近は残念ながら言い返してしまう。。


いつも通り小声で言われると、
素早く2・3歩下がって立ち去りそうな相手に追いつき

「なーに?ボリビアーノ。私はハポンだけど、今なんでチナって言ったん??
あんたらの顔も私からすると全部一緒なんだけど、私は絶対ボリビアーノ!ペルアノ!って
小声で言ったりしないけど。あんたらのおかげでアタシ、怒っちゃったじゃないの!」

って、言ってしまう時はどうしても怒ってる時。。
相手がペルー人だって知ってるけど、わざと仲の悪い国とかそこらへんの他の国の名前を出して
お前らだって一緒だ!って相手をタジタジに追い込んで、フンって立ち去る事もあれば、

「なーに?クレイジーメーン。あたしゃハポンだけどねー」って言えば、
周りのペルー人も「そうなんだよ、こいつクレイジーメンなんだよ」あははー。
って笑ってバイバイする時はまだ元気な時。

乞食に横断歩道の向こうから「おいチナ!金くれよー」ってでっかい声で笑いながら言われて、
「チナじゃねーし!」って言い返した私はきっと最高に機嫌が悪かった時。

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日本人、中国人、韓国人 それぞれ私達の中ではなんとなくお互いの違いがわかるけど、
やっぱどこ行っても、それ以外の人達には私達は、全て一緒に見えるのが事実。


何回言われても、はいはーいチナですよー!って言えなくなってきてた私がいたのですね。

ワンチャコで、ちょっと疲れてた自分に気付きました。

そしてもう一つ。
基本的に常に化粧はしてるけど、日焼け止めのみでスッピンに近い時こそ
チナの声かけ率が高い気がする。

つまり、私の素の顔はチナ風なんでしょう。
きっと、彼らがチナって言ってくるのも全て間違いではないんでしょう。

けど、逆に中国人もたくさん言われてる筈なんだけど
彼らはどう思うのだろうか。

まぁ、中国人のバックパッカーなんかほぼ見ないから
あんまり関係ないかもしれないが。


海を眺めながら、ふと考えてました。


そんな時、なんか知ってる顔を発見してしまいました。
二度見しても、それは知ってる顔でしかありませんでした。

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アフリカで1カ月以上共に戦った戦士、ふくちゃんです。顔出ししちゃいます。
服装もアフリカの時と全く変わらず、髪も1mmも伸びて無さそうなくらい全く変わり映えが
なかったふくちゃんは、海辺をぷらぷら、ぷらぷらしてました。

全くルートが一般的でない二人、一番思っても無かった再会に
二人して 何してんの?! から会話が始まりました。
久しぶりにお腹がすくくらいしゃべりました。

そこからのワンチャコ生活は、ふくちゃんにお世話になり一緒に
トルヒージョに遊びに行ったり。

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なんだか、ペルー最後の町がワンチャコで良かったなぁと
しみじみ思ったのでありました。

私には、ワンチャコに泊ってトルヒージョに遊びに行くのが丁度良かった。


ありがとう、ふく様。

長かった私のペルーの旅もこれでやっと終了。
次はエクアドルです。




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huaraz

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ワラスに来たなら、やっぱりトレッキングがなんとなくしたくなる。
捻挫してから、3カ月は山をてくてくするのは辞めようと、サルカンタイの帰りに思った。
はず。。

しかし、ここに来ている人はやっぱり皆が皆、トレッキングしに来てる人ばかり。
というか、トレッカーのみ。


同室のBuddyに Huaywash のトレッキングに行こう!と誘われ、
何日間のトレッキングか一応聞いてみると、8日間というのでそれは絶対無理。。
断るが、よく聞くと

「ナショナルジオグラフィックが世界で2番目に美しいトレッキングルート」と定めた場所らしい。


ちなみに1番とされたのは、ニュージーランドのどっか。

世界2位なら行かなきゃ!!と、またボリビアに続いてペルーでも不法滞在の決意をし、
温泉通いで足を治そうとするが、期待と裏腹に痛さをちゃんと感知する機能が治ったのか、
逆に痛みを訴えてくる様になった私の足。
もう、ちびまるこ的に言えば、いけずぅ~。でしかない、私の足。

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ツアーは、個人と違って到達地点が絶対に揺るがない。

何があってもそこまで歩かないといけないから、やっぱり無理。。
ナショジオ推薦のトレッキングを断念するしかない。。。


捻挫のせいで。。

と思うと本当無念極まりないが、サルカンタイで2日目に捻挫し、
そこから無理してがんばったから、まぁ、馬もいなかったから歩かざるを得ない状況でもあったけど、
それがたたって、きっと今でも痛いのだろう。足だから、これは無理できん。
というか、これはいつ治るんだろうか。はて。。
森山未来的に言えば、誰か、助けてくださーーい!!かなぁ。
わたし、ペルーの北で叫ぶのであります。


そうこう言いつつ、
チームボリビア所属あきさんに絶対行け!と言われてた
すっごいヤバイ色した湖を見に行く日帰りトレッキング。

lago69

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自力で行くのと、送迎のみのツアーに参加するのと同じ料金だったので、
送迎のみのツアーに参加する事に。

というのも、自力で行くキーポイントは 時間を大切に。
ワラスを6時前に出発しても現地に着くのが約3時間半後、トレッキングが大体7時間。
帰りのバスは4時に出る。
あんまり余裕なく、時間を気にしながらというのがツライところ。

あんまり堪能できないのも嫌なので外人ツアーなら絶対誰か送れるに間違いなし。
そう踏んで、実際、私より後ろに誰か遅れていることをわかった上で30分遅刻してみた。
最終的に、余裕で1時間以上遅れてきた人も。
申し訳ないが、ここはツアーで正解。

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変な植物がニョキニョキしてて、氷河を見に行くツアーに同宿のイスラエリーのTom(トムといっても女子)
誘ってもらい、一緒に行くが、氷河があるのは5000m地点。

今まで、ペルー・ボリビアと3000m越えの高地で半年以上いるにもかかわらず
高山病で頭が痛い私は一体。。

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そして、やっぱりそうこう言いつつ、
ホテルの愉快な仲間たちと楽しく過ごしていると、あっという間の8日間。

ペルー最後は、ワンチャコという海辺で過ごしたいと思うと、
残りのビザを計算しないとそろそろまずい。


ペルーにはいっぱいCHIFA(中華料理屋)がたくさんあって、
ワラスのある一軒で、とろみが効いた美味しいご飯を食べた後、
料理を作るお父さんに「片栗粉使ってるんでしょ?!見せて?」

というスペイン語がなかなか通じなく苦労した一件で仲良くなり、
店の前を通りかかると、ご飯食べてけ!ジュース持ってけーれ!のご親切の暴風雨。
再会(ザイツェン。さよならって意味)の挨拶しに行くと、座れって言われ、
お父さんが作るご飯が注文以上に多めなのに気付いたのか、娘っ子も、
彼女にでしょ?と黙って私に持ってくる。お父さんからの最後のタダ飯サービス。

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ワラスで共に過ごしたBuddy と Yoav ともそろそろお別れ。
皆でパーティだ!とご飯をそれぞれ作る。私は日本代表に肉じゃがを。。
本当に寂しいよ。。と口にしてくれる二人。
それぞれが住む国を訪れる際にはホテルは私の家ね!絶対連絡を!と皆で再会を誓い、
Huaywash へ向かう彼らを見送る。

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南米では、リマより北は南に比べると見どころが急に減るからか、
リマを南米の玄関に使う日本人が多く、リマより北に行くと全く会わなくなるという。

まったくその通り。
クスコやリマあたり、日本人が多くよく遊んでもらった私は、
彼らがいなければ、ちょっと寂しさを感じてたかもしれない。



そんな、楽しくて仕方なかったワラス生活の最後、ジーザスは私を見逃してくれない。

メガネをなくした。
というか、どこかに忘れた。

これで海外で無くしたメガネは4つ目だ。
全て、2年以内にです。

無くす才能なんぞ、全くいりません。


そういえばクスコでタロット占いをした。
私がひいたカードは 変貌の時 というカード。

昔、好みの男性は?と聞かれれば「私の忘れものに気づいてくれる人」と言ってた。
だって、二人で忘れ物してたらただのアホカップルでしかないもの。


そろそろ私自身が、変わらないといけないのかもしれない。


変貌の時。


ついに来るのか。


2011.10.17 新しい展開
リマでゆかんこを見送った後、気が緩んだのか急に脚が痛くなる。はて。。

そして、たまみんがいよいよ日本帰国するフライト前日に、ワラスへ出発する
チケットを買うという、なんとも薄情な私。

ごめんね、たまみん。お見送りしたかったけど。。ビザが切れそうなの。。
ボリビアの様に不法滞在はもうしたくないの。。

リマでは、たまみんの他にブエノスで同じ宿だった健ちゃんに再会。
彼は私と同い年で、奴もアドベンチャー部の仲間の先輩だ。
パスポート申請する為にリマに帰って来たというから、盗難かと思いきや、水没。。
パスポートが水没した人は初めてで面白過ぎた♪

チャリダーだが、腕を骨折して、治ってからも少しの間、チャリはお休みして
アマゾン川を筏下りしている健ちゃん。
近々、筏下りレースがあるらしく、日本人で今まで出場した人はいないから!どう??
と誘ってもらって、ビザが切れなければ行きたかったが、とっても残念。


まぁ、そんなこんなで名残惜しくワラスへ。

数か月振りの一人での移動。
クスコに定住してしまっていたし、すぐ先日までゆかんこがいたので
一人旅を再開した!という感がして、久しぶりな この感じ!ワクワクの移動となる。


ワラスはトレッキングの町。
私ったら、脚が痛い筈なのに、はて。

南米でトレッキングと言えば!チリにある南米最高峰のアコンカグアと、ここワラスらしい。
それを聞くと、とりあえず行くだけ。。一泊だけでも。。と思って来てみた。


ワラスに着いて泊った宿 El Tambo
今までにかつてないくらい居心地が良く大好きな宿。
写真を撮っておけばよかったと後悔するほど、大好きだった。

だけど、宿のお客さんの99% イスラエル人  1% あ・た・し 笑。

ホテルのお客さんが自分だけというのは経験したが、
こういう自分以外のお客さんが、みな同じ国の人という環境は初めてだ。

たまにチリ人やドイツ人もいたが、あまり長居する人がおらず、すぐこの割合に戻ってしまう笑。
お陰で金曜日のシャバット、イスラエル暦の正月など文化に少し詳しくなった気がする。。
宿側も、ラエリー宿というのを理解している様で、イスラエル暦の元旦の朝には全室ドアに風船が。

イスラエル人からすると、一人日本人がいるのも珍しいのか、
皆がいろんなところに誘ってくれる♪
宿のオーナーやスタッフも、私が目立つからか、私の名前を覚え、挨拶に会話に
他のお客さんとはそんなにしないのに、私とはコミュニケーションを取ってくれる♪

この宿の珍しいのは、別に夜に停電になるわけでなく、24時間電気は使えるのに、
部屋にロウソク台があって、部屋にロウソクもちゃんと置いてある。
ロウソク新しいの頂戴と言えば、ちゃんとくれる。

夜は共同スペースの電気が消され、キャンドルナイト。
たまらん。。


部屋をシェアしていた、イスラエル人のBuddy。

私のギターを見て、弾いていい?と言って触りだす。
本人は左利きだし、私の左利き仕様ギターも操れるはず!
と思いきや、なぜかギターだけ右仕様らしい笑。なぜ!?

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イスラエル人は兵役終わりに旅に出る人が多く、その年齢は大体23歳あたりだが、
彼女は仕事を1カ月休んでペルーに来た、私と同い年。

イスラエル人は、どこの国でも結構出没するが、本当に仲良くなった実感があったのは初めて♪

彼女と彼女のアミーゴYoavと、ワラスにいる時はいつも三人で遊び、
夜になると、Buddyと私は体調崩してる中でさえ、二人仲良く冷えピタを貼り、
Yoavに怪しまれながら、三人で夜の町を徘徊する。


私達の部屋に遊びに来る、イスラエルセニョリータは

体調悪いと言えば、コカ茶飲みなさい!
宿に帰れば、手を広げて、抱きしめてあげるからおいで!
どこ行ってたの?なんで写真撮ってこなかったの?だめじゃない!写真は家族や友達に見せるのよ!
今度から撮ってきなさいよ!って、こんな感じ。
Buddyとこっそり、リトルママと呼んでいた。


彼女達のお陰で本当に、楽しいワラス生活だ♪

2011.10.15 hasta luego

Lima

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ナスカに向かったバスでの7回ボミッティングがトラウマになり、

チケット買う時、カウンターで「道またクネってるの?」「初めの20分だけよ」と無駄に確認してみる。
不安がる私らにわざわざGOOGLEアースで説明するスタッフ。
普段ならローカルから発されるこういうインフォは聞いといて信じないが、
今回ばかりは信じたくってしょうがないのよ。
ジーザス。


恐る恐る乗るってのはこういうこと。

Lima ゆかんことの二人旅の最終目的地。

クスコから始まった二人旅も、2週間足らずであっという間にお別れなのだ。

リマの次に行くのはlago69。
とっても綺麗らしい湖。
その地図がリマの ホテルサンフランシスコに書いてあるというから、
リマのホテルはここと決めてた。

リマに着くのが夜中0時、その日がゆかんことのラストナイトになる。
そんな夜に、部屋がもし満杯だったら?治安も良くないリマでそんな時間に宿探しは勘弁。

今思えば、人生で初めて宿を予約した。
スペイン語オンリーの従業員と電話で話すのも初めて。

タクシーも予約しとく?って言われて、予約しなくても絶対ターミナルにタクシーなんぞ
わんさかいる筈と思ったけど、これもなんとなしに予約。

ターミナルに着いた時、空港の到着ゲートみたいに
私らの名前が書かれた看板持った運ちゃんが!!

こんな超VIPなお迎え初めてで、空港じゃねーし、バスターミナルだしって、
二人とも思わず笑わずにおれず。

バスターミナルで看板持って、私を待っててくれる叔父様が現れることは、きっと今後ない。
イイ経験だ♪

ホテルに着くと、クスコで一緒にご飯作ったり、トレッキングしたり、レバー食べ過ぎ の
生活を共にした たまみん がいた。

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久しぶりに会ったたまみんは、すっかりこんがり。
たまみんにも ゆかんこにも お互いの話しをしていたので、実際紹介できた事がなんだか嬉しい。

リマはたまみんに案内してもらい、中華街で餃子食べたり、捻挫の件で、病院に行ったり。
捻挫なのに治療費13000円は、リマよ、クレイジーすぎる。。


夕方に出発するゆかんこ。
日本へ帰るのだ。

なんだか最後の日も、あっという間で、送り出す側の私が
ゆかんこが乗ったタクシーを見送りながら感極まってしまう。
これじゃ、逆ウルルン滞在記だ。

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出発前に撮ったゆかんこの写真を見ると、
クスコで再会した時よりも、なんだか女度が上がった気がする。。
最初から最後まで、いつもながら面白過ぎたゆかんこ。


きっと、また彼女に会えるのは1年後くらい。

もっと、話しとけばよかった。
もっと、ご飯作ってあげたりすれば良かった。

色々思ったけど、続きは帰国後。
こんな地球の果てまで会いに来てくれてありがとう。

gracias amiga


これからはまた、一人旅だ。

Nazca

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クスコに帰って、翌日の夕方にはナスカ行きのバスに乗った。
最後のクスコを忙しく過ごしたからバスで爆睡できると思ったのに、
今までのバス移動で、ワーストぶっちぎり。
私、100万回のギャフンを捧げます。

13時間の楽チン移動だと思ってたら、山道のクネクネが13時間永遠に繰り返され、

いつ、真っ直ぐな道があった?
絶対無かった。。
ペルーの逆襲だ。

その果て、ボミッティング7回。

バス移動で小学生振りの嘔吐が、7回。。。
三回目で米粒一つも胃の中に残さず吐き、
7回目に吐いた胃液はインカコーラかと思うくらいとっても綺麗で見惚れた。
私は体のどっかがきっと悪いんでしょう。

ペルー人も心配してゲロ袋をくれる様になり、コミュニケーション取れてきたところで
ナスカに着き、よろよろギターをガンガンぶつけながら、千鳥足でバスを降りる。

吐いたのは幸い、私だけだったが、勿論ゆかんこもマジで死にそう5秒前。
病的な私達にぴったりな快適な宿を見つけ、迷わずベッドに倒れた瞬間、二人とも熱発。
明日にはまたリマ行きのバスに乗らないといけない。。
次こそ殺される。。

二人で仲良く冷えピタを貼り、ここでもガスバーナーでマチュピチュ同様
キッチンが無いホテルなので、ご飯を部屋で炊いちゃうんだから。

クスコからナスカに来ると、数か月振りの低地に感無量。けど、灼熱過ぎる。。
たった半日で、ビーサンの跡が足にこんがり。


夕方のミラドールへ。

永作博美が世界で一番好きなところが、ここの地平線だそうだ。

ここは立ってて気持ちいい。
フライトに乗って地上絵を見るのもいい経験だが、ここの方が好き。
久しぶりに綺麗な夕日を見た。
もう少しいたかったが、丁度バスが来たのでヒッチ。

ゆかんこが来てから、二人ともなんだか忙しくはじめてゆっくりできた夜。
ビールを奢ってくれ、ホルモン三昧。
仕事終わりに焼き鳥食べに行くOLみたい。
二人ともお酒飲めない人でないのに、低地に来れたというのと、
マチュピチュ終わって落ち着いたのかやっと杯をかわす事が出来た。

おでこには冷えピタがまだ貼ってあったけど。

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