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2012.04.25 socialismo
socialismo

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キューバの有名な話としては、医療や教育費が無料。

医者になろうとすればお金をかけずになれるのだ。留学生もそう。
国としても、医療には力を入れていて、海外に医者が輸出されている感じ。
むかし茨城であった原発事故の際にキューバが日本へ医者を派遣するとフィデルから
提案されたが、当時の日本は国際問題にしたくなかったのと、
自国でなんとかできると判断し、それを断った。

出稼ぎというか、救援のためというか、海外に行く医者が多い。とくにベネズエラ。
外国を知ってしまうとなかなか帰りたがらなくなってしまうキューバ人がほとんどで、
実際、キューバ国内では医者不足になりつつあり、深刻な問題になっている。
診察や手術代は無料でも薬にお金がかかり一回に100円くらいかかるので、
看護婦が薬を病院から横流しすることもある。
横流しは薬だけでなく、患者に配られる食事・毛布に至り、
ある精神病院では餓死者が出るほど。


とは言っても、医療機具などは先進国ほどに揃ってはないが、
世界が求めるワクチンを作るという意味では最先端の医療技術と言われている。


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でも、やっぱりキューバといえば社会主義についてが一番気になるところ。


社会主義国家とはどんなものか。

現在、世界で残っている社会主義の国と言えばアジアの中国・ベトナム・ラオス・北朝鮮。
中米のキューバ。

中国・ベトナム・ラオスは自由経済を入れてるし、もはや資本主義かぶれの社会主義。
北朝鮮は、軍事独裁国家の色が強すぎるし、ツアーで行けるけど、
5日間で20万くらいするし、ガイドが公安だから用意されたものしか見れない。

私の頭の中では、キューバはそれなりに自由に見て回れる最後の社会主義国家。


スペインから独立したかと思えば、アメリカから見えない支配を受け、
それから逃れるために、フィデル・ゲバラがキューバ革命を起こし成功した後に
社会主義宣言!をするに至る。

革命が凄く身近にあるからか、キューバ人は友達という単語以外に
同志という言い方をよく使う。





若き男前の革命家 チェ・ゲバラ が国内外問わず人気だが、
そもそもゲバラを誘ったのはフィデルだし、確かに自分にも厳しく、思想を貫いたゲバラからは
学ぶべきことも多いにしても、私はもっとフィデル人気になってもいいと思う。。
まぁ、ルックス・今は亡きというのがオイシイところでもあるのはわかるし、
フィデルが生きている自分の顔や言葉をアートにしたり、像を作ったりするのを
政治として良くないと禁止しているというのもあるが、
街にはゲバラのグラフィティがそこらじゅうに溢れている。


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そもそも、社会主義とは資本主義の弊害から逃れ、より平等に公正な社会を目指す思想。

キューバの平均月収は約20ドル前後。
国民全員が公務員なので、先生や医者、有名野球選手もみんな給料は一緒。
ボーナスみたいに、どんなにがんばっても国へ貢献した分が自分に返ってくることは
無いので、サービス精神は基本的にゼロ。


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確かに基本的に平等だけど、観光客相手の仕事をしている人の月給は
どれだけお客を獲得したかで平均20USドル程度の人とは数倍、10倍以上変わってくる。

というのも、国に通貨が二種類あるからだ。
もともとキューバ人はCUPという通貨を使っていた。
昔はサトウキビ・葉巻の輸出が主な産業だったが、90年代後半から観光業に力を入れだし
外国通貨獲得のためにも、外国人様の通貨CUCが新たに誕生。

基本的には、キューバ人用通貨がCUP、外国人用通貨がCUCと言われるが
CUCでしか買えないものもあるので、キューバ人もCUCが使えるし私たちもCUPが使える。
常に使い分けるので、常に財布の中には2種類のお金がある。


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その割合 CUP:CUC=1:25 

CUP 日本円に換算すると約3円。
CUC ほぼUSドルと同じ82円。

差が激しすぎる。
キューバ人向けのアイスは一つ4円、ピザは30円くらいで食べれるが、
西洋諸国にある様な外国人向けレストランでは価格もピザが約1000円と、ほぼ西洋価格。

それはもう、CUCを手に入れるかどうかで生活が変わってくるもんだから
外国人相手に商売をしたいところだが、政府に登録すると税金が高いので、
先生や医者が休みの日はバイトがてら、違法ながら外国人向けのタクシー営業をする。
見つかれば罰金だが、それでも隠れてCUCの収入を求める。


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本来、そういった違法を取り締まるのは警察か防衛委員会。

キューバには革命後、革命防衛委員会というのができた。
地区でそれぞれ委員長が決まっていて、その家には委員会のマークが必ず貼ってある。
頭が大きな目、手にはナイフを持ったマーク。
革命に反することをしたら裁きますよっていうことだが、
今は多分機能していない。


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昔は社会主義のもと、本当にみんな平等だったかもしれない。
今は、手に出来るか出来ないか。


ここも格差社会から逃げられない国になってしまっている。


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私はキューバ人が大好きだ。
見てるだけで面白い。


それに、南米は所謂ラテンな人達が多いところだと想像していたけど、
私が行った国の中でキューバ人が、私のイメージ通りのラテンに一番しっくりくる。


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ある日、肉やに入ったおばちゃんを外から眺めていた。

おばちゃんは、豚のバラ肉塊を買っていた。そこそこでかいの。
おばちゃんは、カバンからビニール袋・ハンカチを取り出し、肉をハンカチに包んで鞄の中にしまった。
白いハンカチなもんで、肉汁を急激に吸いみるみるピンク色に染まるのが
スケルトンな鞄なもんで、すぐ確認できる。
肉汁を吸ったハンカチはすぐに、そのスケルトンの鞄を汚し、獣臭さを放っただろう。

*写真は違う人だけど、さばくのが大変そう。


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ある日、野球場の周りの芝生でトレーニングしている人がいた。
その人は、腰に紐を括っていてその先にはコンクリのでっかい塊。
バス停からパクってきたのかなと言わんばかりの。


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これは物が無いという証拠だが、
今そこにある物を大事に使う。


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キューバ人は、みんな自分達を貧しいと言う。

確かに貧しい。
外国に行ったことのあるキューバ人は、その国をパライソ(天国)だったと言う。
普通、私もそうだし他の人も外国に行って、天国という表現はあんまり使わないし
キューバ人からそう聞くと、自分の国を嘆いているかの様に聞こえてしまうが、
そんな話をした後には、それでも私はこの国が好きなのよ!と言い、
とびっきりの眩しい笑顔を見せてくれる。


この人たちよりも、私たちの方が心が貧しい。

日本人や、先進国の人達が持ってないものをたくさん持っている。


いつか現在の中国の様なシステムになってしまうかもしれないが、
先進国としては、ここから学ぶものもたくさんあるのではないか。
あまり変わらないでいて欲しい。


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キューバのビザが1カ月でなければ、もう少しいたかった。
毎日が楽しすぎて遊び疲れ、あっという間過ぎたキューバ。

またキューバに必ず帰って来たい。


次の目的地はカナダ。
カナダがキューバに投資したり、カリブ海に遊びに行くカナダ人が異様に多いから、
国営クバーナ航空のチケットの値段がLCC並みに異様に安い。
キューバから近いメキシコよりも、遠いカナダの方が安いのは驚きな事実だけど、
これも政治の一環。

激熱いキューバから、気温が―8度のカナダへ。


嫌で仕方ない。


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2012.04.19 cine cubano
cine cubano

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映画が好きです。

詳しいわけではないけど、映画を見ていない時期が続くとストレスが溜まる。


旅はイエメンあたりから、訪れる国ごとにその国の資本の映画が
見れればと映画館に行く様になった。

とは言っても、音声現地語の字幕が英語ならまだしも、
字幕無しの音声現地語のみでこられると、役者さん達の雰囲気で
映画自体を少しでも感じ取ることに徹するのみ。

映画の内容・質 以外にいつも気になるのは、映画館に来ている現地人。
どんな人が来て、上映中はどういう風に見ているのか。

印象的だったのはイエメン。
300人程収容される大きな映画館に現れるのは、たった15名ほど。
イエメン映画というものは無く、インド映画と3流のハリウッド映画が15円くらいで見れた。
イスラムの国だけあって、男性のみ。
イエメンの男性は、常日頃、大量の葉っぱ(カート)を噛み続けて少しの覚醒を楽しんでいるが、
映画館にも、全員がしっかり大量のカートと水を持ってくる。
映画なんか、ちゃんと見れないんじゃないか。。


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旧市街から新市街が近くなるにつれ、映画館がちらほら出てくる。
新市街には、バスで3分くらいのそんなに遠くない範囲で、ざっと5つは映画館がある。
小さいところを入れれば、それ以上かもしれない。
町のサイズにしては数がすごく多いんじゃないか。

ほかの都市に行っても、どこにでも何箇所もあり、
日本の様に同じ時期だから他の映画館で同じ作品がやっているわけではない。

邦画から洋画まで、それぞれの映画館が、選んだ作品をやっているので、
映画館がたくさんあっても映画の本数さえあればお客さんは来る。



日本円にすると 一本 約6円 で映画が見れる。

ハバナの街角で食べれるピザの5分の一の値段。

年間パスポートは約90円くらい。





社会主義の国だけあって、キューバには映画芸術産業庁がある。

革命以前は、映画は存在こそしていたが数は少なく、
革命と同時に 国の産業として本格的に!とフィデルが力を入れ、
遊びが少ないキューバでは、映画は国民にとって立派な娯楽になった。



新市街の映画芸術産業庁の施設に行ってみた。

入口がこれだ。

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四方の壁、天井がこれ。(全て映画のポスター)

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受け付け

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新市街なだけに、今まで紹介した旧市街の写真とは同じ国とは思えない部分はあるが、
新市街にある他のどのビルよりも、間違いなく力が入っている。
急にアートの発展振りを突き付けてくる。

映画を製作した側としては、もちろん映画がヒットされれば嬉しいが、
社会主義だから国民すべて公務員な為、映画が売れても売れなくても給料はいつも通り。
だから他の国と違い、制作側がポスターのデザインに干渉してこないことによって
役者の写真を使う必要もなく、アーティストが好きに描くことが出来、映画のポスターにおける
アートが発展した。

実際、キューバ映画のポスターを海外のバイヤーが仕入れに来る程にお洒落なものが多く、
旧市街の繁華街オビスポ通りを注意深く歩いていると、ポスターを売っている店が少ないがある。
物が少ないキューバのお土産と言えば、木彫り、ゲバラ関連、葉巻がメインだと思うが
通の人は、ポスターをお土産に買って帰るのだ。



映画館に通いだして、ハバナにてラテンアメリカ映画祭が開催されることがわかった。


スケジュールを見ると中南米とアメリカの作品に加え、ドイツやフランスなどヨーロッパ作品と幅広い。

どうやら毎年12月の恒例行事らしい。

ハバナ中の約20の映画館で 朝8時~夜10時ごろまで代わる代わる上映される。

15回分見れるパスポートは 約60円。


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どの映画を見に行っても、9割方お客さんで映画館はどこもいっぱい。

映画館近くのアイス屋に入れば、いつも満員な店だったが
いつもと変ったのは、みんな映画のスケジュール片手にアイスを食べている。


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私がチョイスした南米の映画、キューバの映画はほとんどが素人作品に感じるものが多かった。

音楽がブツっと急に切れちゃう!とか
マイクの影が映ってる!とか
マイク自体が映っちゃってる!とか

残念な仕上がりだったが、相当な若手作品をチョイスしてしまってたのかもしれない。



世界的にもアートだけではなく、有名らしいキューバ映画。

また チャレンジしたい。
buena vista social club

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キューバにおけるテーマは、音楽留学。


何かを習うわけではない。
サルサ踊ったり音楽を聴きに、楽しむという意味での遠まわしの留学。


キューバは宿代が今までに比べると割高(朝・夕食付きの約15ドル)になるが、
滞在した3週間と少しの間は、食費や移動費は削っても
ライブを聴きに行くことに関しては思う存分にお金を使って遊ぶことに決めていた。

ここ最近はお金を使う遊び!というのは、ご無沙汰もいいところ。

贅沢だ。


バンコクでシーフードを食べてやろうと、朝食を100B(300円)も払って屋台で食べた、あれ以来。。
いや、ラパスで山盛りの唐揚げを作ってお腹いっぱいになるまで食べた、あれ以来か。。
贅沢と言えば、つい食べ物ばかりを想像してしまった。


とりあえず、久しぶりの好きなことにお金を使うことにすると、

気持ちよくて堪らない。


まずキューバに着いた初日から、空港でナンパした紳士ケンジくんに昼ごはんも与えず、
酷暑の中、1時間近く迷いながら歩かせ、週に一度の無料ライブへ向かう。

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callehon de hamel

ここで聞けるのは本場のルンバ。
ちなみに、ルンバ・マンボ・チャチャチャ・サルサはキューバ発祥の音楽。

少しキューバの音楽の前に歴史に触れておくと、解り易い。
コロンブスに発見されるまでのキューバは、南米はギアナ地方辺りが起源の原住民が暮らしていたが
スペインの植民地化が進むにつれ、アフリカからの奴隷産業(主にナイジェリアや西アフリカから)が
盛んになり、次第に原住民が絶滅。

その為、もともとキューバ音楽はアフリカの太鼓演奏が起源。
黒人奴隷の太鼓を使った踊りをベースに、スペインから持ち込まれたギターが加わり、
アメリカ南部からはジャズの管楽器やピアノが持ち込まれ、
ルンバからソンが生まれ、サルサに発展していった。


先に言ってしまえば、ブエナビスタの映画で演奏される音楽はソンというジャンル。
私はキューバ音楽の中で、これが一番好き。

カトリックが支配するスペイン圏では、それ以外の宗教は邪教となる。
キューバでも、原住民としていたインディヘナをはじめ、奴隷として連れてこられた黒人達に
スペインが強制したのはもちろんカトリック。

家にキリスト像を置き、あたかもカトリック教徒を装い自分達の先祖の神を称えた黒人達。
そこから生まれた混合信仰宗教「サンテリア」

callehon de hamel で演奏されるのは、そのサンテリアの宗教音楽なので、
踊り手の動きは、動物的でもあり何かが憑依した様にも感じ
歌い手の声は、言葉にもならない奇声が混じる。

これはアフリカだ、、と思いつつ
本場の本気の音楽を生で聴くと、若干怖さも感じる程だが、
事前に勉強していたからか理由がはっきりわかる。
叫びそのもの。

キューバ人と言えど、やはり血はアフリカか。

アフリカの地を踏んだことの無い、アフリカ人。



キューバの音楽留学として、最初にここに来て大正解。


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ブエナビスタの映画に出ていた人にどうにか会えないかという下心を抱えながら、
到着した初日から相当疲れている日以外は毎日、昼も夜も関係なく音楽を聴きに出かけた。

キューバは、主要産業のひとつが観光業の為、そしてこれからここを伸ばせば
国にお金が入ることを国が意識し、外国人に悪さをすれば他の国には無い程の重罪が下る。
そのせいか、夜中2時ごろ一人で歩いていたとしても襲われることは普通無い。
泥酔して公園で寝てれば、知らぬ内にパンツ一丁だけにされてしまうらしいし、
詐欺だったり軽いひったくりとかは、ハバナなら多少あるらしいけど、
基本的にとても治安がいいから、気軽に遊びやすいのだ。


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ハバナの一等地にあるバーや、ハバナ一のホテルでやっているライブでは
ブエナビスタのメンバーがバンドメンバーにやってくる!というのを売りに人を集める。
がしかし、確かにブエナビスタソシアルクラブの一員だが、もちろん映画に出演してた人ではなく
映画に出た人達の後輩にあたる。

初めはウカれていて、それに気付かず高めのチケットを事前に買い、
一番乗りに会場に行き一番いい席を抑え、いざ控室にやって来るミュージシャンを、
控室に潜入して待ったりした。

私が映画に出た人に会いたい!と彼らにいくら言っても、
なかなかそこから現実に繋いでくれる人はもちろん少なく、
自分の話になることが多く、ブエナビスタの後輩メンバーはショーの直前に来る。
ショーが終わってから、控室に急いで直行して探しても、もう既に彼は帰った後。
なかなか簡単にはいかないものだ。

しかし、高い料金を払って行った甲斐あって、普通のライブでは味わえないサプライズをしてくれる。
事前に控え室に行き、私がおしゃべりを共にしたミュージシャン達は、
ソロの時に前に出てくる人達だった。

つまり、ショーも中盤になり、T字になった舞台の踊り場に出てきてそれぞれソロで演奏する時になると
パーカッションの人なら、ソロが終わると私の席の前までわざわざ来て太鼓叩かせてくれたり
トランペットの人なら、ソロが終わり定位置に戻る時にウインクしてきたり、
ボーカルなら、「みんな、今日は来てくれてありがとう!グラシアス マイコ!」とマイクで言ってくれる。


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こっちがグラシアスだ、アミーゴ。

こんな気分、なかなか味わえない。


しかし後でわかったことには、コンパイ・セグンドに続くメインボーカルのイブライム・フェレール。
彼の孫には会えていた。

私が行ったライブのメンバー内に彼の孫がいたのだ。

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映画に出ていた人も高齢者がほとんどなだけに、メインメンバーは結構亡くなっている。

Eliades Ochoa いろんなところに通った甲斐あって、オチョアの友人に
会うことはできたがメキシコ旅行中だから1カ月帰ってこないよ、とのこと。


彼らに会えるとしたらハバナだと思うが、キューバの旅をハバナだけで終わらすこともできない。


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南部 santiago de cuba に向けて 音楽留学を続ける。


私の好みだが音楽に関して言えば キューバ南部 santiago de cuba が一番いい。
商業用の音楽だけではなく、そこらへんで音楽を楽しんでいる人が一番多かった。
本屋の中でさえ、ギターがあれば歌い踊りだす。

前に書いた ソン というジャンルはサンティアゴから生まれ、
ブエナビスタに出てくるミュージシャンもここの出身がほとんどだ。

街としてはイマイチで、私にとってサンティアゴはライブだけだったので長居できなかったのが残念。



その次は最南端でチョコが有名な baracoa 


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映画が世界中にヒットしたために、映画の中に出てくる有名な曲なら観光客相手に
そこら中のバーで演奏されるが、ソンのそれ以外の曲をハバナで聞くのは難しい。

ハバナでのキューバ音楽のレベルは高いと思うが、
ここで聞けるのはルンバやサルサ、ジャズの類。
私はよくわからなかったが、ハバナで聞けるジャズのレベルは結構高いらしい。


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ハバナでは、有名なところよりも、新市街のホテル ナシオナルの裏あたりにある
ディスコテカのサルサのレベルが一番高い。
現地の人でいっぱいになり入場制限がかかり、待っている人達を見れば皆お洒落だ。
しかし娼婦もいっぱいいれば、全身白い服で固めた男の人は踊らし屋なので要注意だ。


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fresa y chocolate という有名な映画のタイトルから名前を取った
ライブハウスでソンが聞けるらしいが、私は何度行っても、
実際スケジュール通りにライブがやっていたことが無かった。
なんとも言えん、これもキューバ。


ロックフェスティバルが近々開催されるという情報が入り、
事前から聞きまくって、昨日終わったよと言われる。


キューバは、確かな情報を掴むのがなかなか難しい。


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中部 camaguey 辺りから南部にかけてcasa de la trova という

老舗のライブハウスが転々とある。日本語訳すれば伝統音楽が聴ける家といったところか。
そこに行けば、ソン 或いは ソンがmixされたサルサ が聞ける。

中には一日のライブスケジュールが 正午・3時・5時・8時・10時 と
サービス満点なトローバもある。

2CUC(約2ドル)のモヒートを飲みながら音楽に酔いしれる。


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一日に何度も、キューバ人に踊りを誘われる。
誘ってくれる人も、20代から70代くらいまでと幅広い。

トローバか、ディスコテカしか開いてない時間に外にいれば、
今夜踊る相手がいないんだけど・・・というナンパにあう。

ボーカルも、マイクが要らない小さいハコの場合、お客さんと歌いながら踊る。
コロンビア同様、踊れないキューバ人なんていない。
流れてくる音に乗って、初めて会った人とピッタリの息で踊っている。
さっきまで女の人と踊っていた男の人が、次の曲では男同士で踊りだす。

フロアの中や、トイレの前、バーの目の前、
通りがかったレストランから音が聞こえれば足を停め、手を取り合って踊る。
どんなにスペースが小さくても、音が聞こえれば踊りだす。

彼らにとって、音楽はご飯食べたり寝たりするのと一緒。


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どこのトローバでも、コンパイ・セグンド程ではないが、
ハバナよりもミュージシャンの年配率が上がる。

1907年に生まれたコンパイ・セグンド。
1902年にスペインから独立した直後のキューバを知る、貴重な存在だった。

冷戦時代、キューバ危機、経済危機  激動過ぎたキューバの20世紀。

buena vista social club で世界にキューバ音楽を知らしめた彼らの世代は、
アフリカでもない、ヨーロッパでもない、キューバ独自の文化を創った世代だ。



この音楽と、キューバ人のあの陽気があれば

フィデルが死んでも、たった5歳差の弟ラウルが死んでも、キューバは変わらないと思う。


havana

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キューバの首都ハバナ。

ずっとここに来たかった。

中国やベトナムが資本主義の波に乗ってきた中、
キューバはどんなものか、これこそ最後の社会主義の国。

フィデル・カストロも病気で政権を退いた後、弟ラウルが引き継ぎ多少緩くなってきた今、
フィデルが死ねばもっと国が変わってしまう。

その前に行かなきゃと思ったのが、初めの動機。




キューバのドキュメンタリー映画 buena vista social club を見て、早く行きたい と思った。

buena vista social club は 言わずと知れた、今は無きハバナの会員制音楽クラブ。
映画に出てくるミュージシャンは若くて70代、80代90代がメイン。

「人生、捨てたものじゃないな、まさかこの年になってニューヨークやパリや東京で俺の歌を聞いてもらえるとわな。」  
「そういやそうだな。俺なんざ、それまで街角で靴磨きをしてたんだぜ。それがよ、グラミー賞をもらうわ、映画に出るわで、夢でも見ているかと思うよ」
「皆して、これから子供つくろうよ」


この映画の面白いところは、音楽が素晴らしい!ってだけでない。
この老人達は、驚くほど元気で陽気。
年老いたって太い葉巻とラム酒は欠かさない。

映画に出てくる buena vista social club の中心的存在 コンパイ・セグンド。
彼は5歳から葉巻を覚え、95歳で腎不全で亡くなった。

キューバは日本に続き、長寿国。

日本は粗食が長寿の秘訣。
最近になって野菜を食べる習慣ができたキューバの場合、
人間が陽気でハッピーなおかげ、と言ってしまいたい。


コロンビアでも、街中で民族音楽を奏でるのは老人ばかりだった。


そんな世界に音楽を聴きに行きたくなった。

これが二つ目の動機。


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空港から、街へ向かうバスの中から 映画のシーンを思い出し いざバスを降りたそこは

buena vista.

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いつも、旅していてどこが一番好きかと聞かれるといつも 

カンボジアのシェムリアップ と答えていた。

今は、その質問に答えるのが難しい。

キューバはそれに並ぶくらい、私は惚れ込んでしまっている。


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キューバでも、いろいろな町があるけど私にとっては ハバナは別格。


旧市街が世界遺産になっているが、このブっ壊れっぷりは最高だ。

道を歩いていると思ったのもつかの間、上を向けば壁を仕切っていたらしきものが等間隔に並んでいる。
建物がごっそり壊れて吹き抜けになってしまっていると気づく。

これは普通なのだ。

良い雰囲気のある建物だと眺めていたら、3階4階の窓からはそのまま空が見えている。

そういうのは数軒に一つ、すぐ発見できる。


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世界遺産だから修復ができないとか、いい名目で、
キューバには元々お金もないし壊れてるから直そうという普通の常識も、
本当に必要なものには適応されるが大体が放りっぱなし。

ATM が良い例だ。
そんなもんは現地人にはまだまだ普及してない。クレジットカードなんてみんな持ってない。
だから機械が壊れててカードを入れれば飲み込んでしまうっていうものがほとんど。
外国人はキューバで使うであろうお金を現金で用意して、いざ向かうのだ。
実際には銀行の窓口でお金を引き下ろせるけど、旅行者の中ではキューバでは機械を使わないのが一般常識。


直さない 直せない と同時に、あるものをとても大事に使う。
ここには、使い捨てライターなぞ存在しない。
使い捨てライターのオイルが無くなれば分解してオイルを入れて使う。
石の調子が悪くなれば、それを取り替えてまた使う。
使い捨てライターを生き返らす、そんな露店がいっぱいある。


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ハバナは、気になる方向へ歩いているとすぐ迷子になる。
あれ?どこに来ちゃったっけかなと思えば、目の前に高級な猫ばりに
ニワトリを抱え、撫でまわすセニョーラがいる。


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大体の家が、外が暑いからか玄関を開けっぱなしにしている。
家族揃ってご飯をおいしそうに食べてたりするのが、気軽にすぐ覗ける。

ほとんどの家にロッキングチェアーがあるんじゃないかと思うくらい見た。
仕事も遅くまでする必要も無いし、遊び場所がそんなにあるわけでもないから、
家でゆっくり椅子に座って、時にはそれを外に出して、
道行く人とのおしゃべりを楽しんだりしている。


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家にいる人と目が合えば、こっちへ近づいてきておしゃべりに耽り、部屋に上がれと言われれば上がり、
フィデルの写真が部屋にあれば、私のパパ(フィデル)と嬉しそうに話してくれる。


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キューバの家の造りは、一階のドアが開けると(いつも開いてる)階段が目の前にすぐあり、
二階からアパートみたいに部屋が並んでるというものが多い。

私はそういうところにはいつもガシガシ行く。
階段を見たら、もう誘われている気になって、この上には何があるんだろうと、つい階段を上る。
部屋の前に人がいれば、また呼ばれて手相を占ってくれたり、家族をみんな紹介してくれる。


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拒否されたこともビビられたことも無い。
きっとここで私は生きていける性格なのだ。


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街の中を歩いているだけで、不思議な魅力の虜になってしまう。


キューバの不思議なんて、数えてたら どんだけあるんだろうか。


昨日発見した不思議が、今日にはまた違う新しいものがいっぱい発見できる。


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壁から木が生えてきてるとか、そんなもん可愛いもんで、

玄関のドアの前に、現役のお風呂(バスタブ)があるとかね。


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まぁ、このへんは一日たっぷり歩けばすぐわかることだが、

それにしても 愛くるしくて、たまらん国に変わりはない。


2012.03.23 一日目に至る
久しぶりの飛行機。

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南米に入った時以来なので、約10カ月振り。


飛行機のように、旅中は特に事前に決めておかないといけない予定は苦手部門。

日本にいた時、自分の知らない間に楽しいことがあったらイヤ!ずるい!とか言って、
一人で家にいるだけなのに、損するのが嫌という貧乏魂か、喜んで不眠症になっていた私。

旅中だって、予定を決め決めにしないからこそ、
そこらへんに転がってるステキを拾いたいだけ拾う。

だから、予定が決め決めで事前に購入する世界一周券みたいなのは私には到底無理。

だって、もし明日どこかへ移動する予定があったとしても
自分の滞在する小さな町にノラジョーンズがライブしに来るとかなんとかの
○ァッキンアメイジングな情報があれば、喜んでチケットを捨てる才能があるんだもの。

こんな自分も結構スキ。


だけど、今回はそんなことは言ってられない。

キューバの為に喜んで、四苦百苦。
私のMさ加減を発揮する。

飛行機のチケットを久しぶりに検索してみたが、さすがキューバ。
アメリカと仲悪いだけに、いつも使っていたアメリカ系航空券検索サイトが使えない。
他サイトで探すも、特に安くはない。  


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各航空会社のオフィスや、旅行会社を攻めてみる。

私の場合、コロンビア発でキューバへ向かうにはキューバの国営クバーナ航空が一番安い。

先に言ってしまえばキューバに入ってわかったことだが、意外とキューバからユーロ圏へは
開けているのでKLM等の大手は勿論、エアベルリンの様なLCCも飛んでいた。

カナダのLCCウエストジェットもあり、
アメリカ系の飛行機がここ2年の間に飛ぶことになるニュースもネット上に。
他にも、思うよりも色々な航空会社がハバナに拘らなければ飛んでいるのだ。
カストロが弱って、政権がラウルになってからやはり資本を受け入れなくては生き残れん傾向だ。

まぁ、つまり自分がキューバの次にどこに飛ぶかという選択肢は、
意外とそんなに高値ではない値段の中で選べる。
しかも、首都ハバナでは航空会社がまとまって入ったビルがあるので、ほかの国と違い
オフィスが散らばってることもなく、その建物内で全部済む。なんて簡単。
といっても、その全てが一階建てビルで簡単に終わるのもまたキューバ。

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さて、そんなコロンビアを出発したい私はネットで航空券を買おうと
カード握りしめ購入ボタンをクリックするも、私のクレジットカードは2枚ともハネられる始末。

oh my...

迷いに迷って、クバーナの事務所へ行くも手数料でネットよりも10ドル高く、
他の手段なんか無いし買う気で挑んだのに、たった10ドルになんだか納得できず、
負け犬の如くそのまま帰ったミジンコな私、1日目。

翌日、何があっても強い気持ちを押し通そうと挑みなおす2日目。
昨日私を対応してくれたお姉さんが出してきた値段は、昨日よりも安い。
入国と出国のチケット共に合わせても150ドル安い。
お姉さん「今日はセールなのよ!昨日はそういうの、言えないでしょ?」

ジーザス。

ネットで買えなくて良かった♪ 

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キューバに行こうと決め、数か月。

やっとその時が。。と思うとドキドキというか、もう男子中学生状態かもしれない。
興奮しっぱなしです。

こんなに ここに行きたい! と思って行く場所は久しぶり。


旅をしてるからといって、全部が全部行きたくてたまらなかった場所というわけでもない。
だからこそ、期待してなかっただけに大好きになってしまうところもあるが、逆に期待外れ・・と
感じてしまったところもある。

けど、キューバはなぜかそうならない自信が。

まぁ勝手に期待して、勝手に期待外れと思ったその国からすると、とんだ迷惑な話だけど。

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キューバに入れば、wifiを使おうと思えば4★以上のホテルへ行って、
1時間8ドルほど払わないとならんという情報があったから、

キューバについては医療から政治、カストロなんかはもちろん、
食生活や楽器、防災レベルまで調べた。

出発前は仕事のように、パソコンを手に
ガイド志望かといわんばかりの熱心さで攻め込んだ。

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やっとの思いで到着したハバナ ホセ・マルティ国際空港。


記念の第一日目は空港泊。

なるべく寝心地の良さそうなベンチを探す。

飛行機で一緒だった男の子と、バックパックをそれぞれベンチにロックして、 眠った。


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