上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大事な友達、遠藤俊介。
あだ名は しゅん太郎。


大学1回生の時、初めての一人旅で訪れたカンボジアで彼と出会った。

一ノ瀬泰造のお墓のところで、「泰造のお母さんと会ってきて・・・」とお墓の管理人と話をしていて
この人は何者だ?!と思って話しかけたのがきっかけ。

ちなみに一之瀬泰造といえば
カンボジアで一番有名な日本人だろう、報道写真家。いわゆる戦争カメラマン。
カンボジアでは生れたての子供じゃなければきっと、タイゾーといえばすぐわかる。
日本でも泰造自身が残した書簡をまとめた書籍「地雷を踏んだらサヨウナラ」が
浅野忠信主演で映画にもなっているので知っている人も多いのではないだろうか。

ついでに泰造についてちょっと紹介。

ベトナム戦争、カンボジア内戦を取材、『アサヒグラフ』や『ワシントン・ポスト』など国内外のマスコミで活躍し、「安全へのダイブ」でUPIニュース写真月間最優秀賞を受賞した。カンボジア入国以後、共産主義勢力クメール・ルージュの支配下に有ったアンコールワット遺跡への単独での一番乗りを目指しており、1973年11月、「旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら“サヨウナラ”!」と友人宛に手紙を残し、単身アンコールワットへ潜入するも、そのまま消息を絶つ。
アンコールワット北東部に位置するプラダック村にて遺体が発見。


そのお墓はシェムリアップというアンコールワットの拠点になる町から20キロ以上離れたところ。
バンテアイスレイのすぐ近く。
自転車漕ぎながら、小さな村を通れば、裸ん坊の子供がこっちへ走りながらハローと大きな声。
私も雅子さん気分でみんなに手を振りながら、3時間弱くらい漕いで、やっとの到着。

お墓に自転車で来ている私にしゅん太はびっくりしつつ、彼は学生でありながら一年の半分近く
カンボジアにいるからとマイ原付を持っていて、私の自転車ペースに合わせて
ゆっくり一緒に帰ってくれた。

その道中、私の高校の同級生と同じ大学に行っていて、しかも仲良しだというので、
会って数十分の間に仲良しになった。
同級生の山根に感謝。

それ以来、カンボジアに行けば彼に会い、日本でも東京に行けば一緒に遊び、電話友達でもあった。
旅で出会った中で、数少ない日本でもずっと遊べる友達。

彼はカンボジア専門の写真家で、泰造にとっても影響を受けていた。
泰造は26歳で亡くなっていて、自分も今同じ26歳だから何か残したいと作品に一生懸命になっていたのを覚えている。


そんな彼が4年前に急性骨髄性白血病で亡くなった。

初めて友人を亡くした。
若すぎる死。


今日、ミクシーを開くと、亡くなったはずのしゅん太郎のブログが更新されていた。
びっくりして開けてみると、しゅんしゅんのお母さんが更新をしていた。
知らなかったが、何かお知らせがある時にたまに更新していたようだ。

亡くなる直前に、カンボジアの写真集が本屋に並んで本人は喜んでいたが
それに続き、世に彼の写真が。

9月23日公開の向井理主演の映画 「僕たちは世界を変えることができない」 の中で
しゅん太郎の写真がポスター等になって使われているそう。

カンボジア写真家として、その筋では有名になっていたのだろう。
そのことは知らなかったがとっても嬉しい。




カンボジアに行っても彼に会えないことが今でも寂しいが、
こうやって作品がいつまでも残っている。

奴の一番大事なもの。



帰国したらDVD借りに行かなきゃ。
きっと写真探して、内容わかんないんだけど。




スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://sembo.blog137.fc2.com/tb.php/73-13ab4bc0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。